神様の葡萄畑NO34  固有の召命―地域教会の縮小版としてのハウスチャーチオアシスから黙想の家としてのハウスチャーチオアシスへの移行について―証し

固有の召命―地域教会の縮小版としてのハウスチャーチオアシスから黙想の家としてのハウスチャーチオアシスへの移行について―証し

私は昨年より、イエズス会の霊的同伴者養成研修を受けに、東京まで定期的に通っております。今までは、メンタルケアアドバイザーとしての牧師、牧会カウンセリングの立場で活動をしていましたが、より霊的な深まり、聖霊の照らしへと、人々に同伴できるように訓練を受けるためです。この1か月間で、その固有の召命がより明確になりましたのでご報告いたします。

1月から6月まで、私はある大きな誘惑に囚われていました。それで、6月20日のイエズス会での黙想会で、罪を告白し、21日は意識の究明の黙想会を霊的姉妹たちとして、詩篇42、43のみ言葉をいただき、通読からみ言葉を深くメディテートする読み方に変えることになりました。その間、家では、牧会相談をしておりました。

6月28日に観想修道会ベネディクト会の隠遁生活をされているシスターから霊的指導をいただき、そこから帰る途中の電車の中で、パウロのダマスコのような体験―「わたしをなぜ否定するのか」という声を聞き、パンとぶどう酒のことであると直感しました。
私はカトリックに在籍していた時には化体説を体験的に信じていたわけではありませんが、改宗してからの記念説の立場にはないという事に思いが至り、霊的臨在説をとる改革派の牧師先生にその内容を確認し、信じ、礼拝の中で神のご臨在を体験し、霊的臨在説をとることにしました

4月に『「霊性の神学」とは何か』という本を読んで感想の手紙を送っていたところ、7月2日にその出版社と著者から連絡があり、CLSKの情報をいただき、霊的同伴の訓練を受けた牧師様達が他にもいらっしゃる事がわかりました。27日にはそのzoom会議に参加します

7月3日はHフォーラムの女性集会でこれらのことを証しましたが、私の考えが、これからイエスを信じようとする新しい人達に悪影響を与えると言われ、闘わず、フォーラムからは脱退いたしました。私はまったく違う道に入ったからです。新しい葡萄酒は新しい革袋に です。

7月4日は以前働いていた職場のご婦人にイエス様のことを伝道し、その方は救われました。またその日は、RACのzoom会議に参加し、ハウスチャーチ運営を分かち合いました。

10日は研修会でイザヤ書55章8から11を黙想し、神様からのGOサインをいただきました。

10日~12日の間、ある霊的姉妹と長い話し合いの上、彼女が与えられた自分の固有の召命を生きることを決心したところ、その週に祈りと活動の場と仲間達がすぐに与えられました。

また、今、イエズス会におられる指導司祭や霊的同伴者のシスター達と一緒に新たな企画をする話し合いを行うことにもなっています。

これら一連の流れの中で、私はハウスチャーチを地域教会の体として捉えるのではなく、私の召命は、ハウスチャーチを黙想の場として開いてゆく事であること(イザヤ56:7~8)が明確になり、その在り方の転換をして行くこと、ダイナミックな神様のご計画 が動き出しました。

人には山と谷しか見えない私の人生も、私にはそれらが繋がった山々の峰と平野が見え、神様のご計画の一端を垣間見た時間でありました

私は宗教的なエキュメニカル運動、置換神学や繁栄の神学の立場ではなく、福音主義、霊性の神学、字義的解釈による終末論の立場をとって、携挙・再臨待望を持ち望みつつ、カトリックとプロテスタントの教派教団を超えて、女性クリスチャンの為に、霊的生活をする事が御心だと思っております。

イザヤ55章 2017年度版新改訳
8 わたしの思いはあなたがたの思いと異なり、
あなたがたの道はわたしの道と異なるからだ
9 ―主のことば―
天が地よりも高いように
わたしの道はあなたがたの道よりも高く、
わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。
10 雨や雪は天から降って、もとには戻らず、
地を潤して物を生えさせ芽を出させて
種蒔く人に種をあたえ、食べる人にパンを与える。
11 そのように、
わたしの口から出るわたしのことばも
わたしのところにむなしく帰ってくることはない。
それはわたしが望むとことを成し遂げ、
わたしが言い送ったことを成功させる

イザヤ56章 2017年度版新改訳
7 わたしの聖なる山に来させて、
わたしの祈りの家で彼らを楽しませる。
彼らの全焼の捧げものささげものやいけにえは
わたしの祭壇の上で受け入れられる。
なぜならわたしの家は、
あらゆる民の祈りの家と呼ばれるからだ。
8 ―イスラエルの散らされた者たちを集める方、
神である主のことば―
すでに集められた者たちに
わたしはさらに集めて加える

主よ、感謝します、あなたはこの小さな者に道を示してくださいました。
人が何者だというので、このよう良くしてくださるのでしょう。
ああ、それはただ恵みによってのみ!!

マラナタ!