神様の葡萄畑NO.39 霊的同伴研修会・カバルス研修会赦しのコースを受けて

霊的同伴者養成研修会は、祈りを深める(1年間)・研修Ⅰ~Ⅳ(3~4年間)、終了後のフォローアップへと続く、永続的歩みです。

 

今回は研修Ⅰのテーマ1~4を学びました。

テーマ1:霊的同伴とは

テーマ2:様々な祈り

テーマ3:御言葉を祈る

テーマ4:日常生活における神とのかかわり

 

この中で、確認した事は、

A;霊的同伴と牧会カウンセリングの違い。霊的同伴と牧会カウンセリングの一番の違いは、前者は継続的霊的関係にあるのに対して、後者は問題が解決したら終了となる関係であることです。また、前者は相手に神の御心を選ばせることに対して、後者は、より教示的であることです。

B:霊的同伴の土台は、神の声か、悪霊の声か、自分の望みかを識別してゆく事にあります。同伴者は被同伴者の識別を助けることが究極のゴールです。

C:すさみについて気を付けることは、苦しいので新たな決断をしようとしますが、慰めの時に決めたことをやめない、新たな選びをしない、慰めが来た時にもう一度考え直すというのが大原則。すさみは努力や聖務によって超えるものではなく、神の恩寵、慰めが来るまで忍耐して待つことです。

私はこれらを理解した時に、牧会カウンセラーしての立場を棚上げし、霊的同伴者の学びを一から始める事を決心しました。それができたのは、前回報告した10月のビパッサナー瞑想会で照らし出られた私の罪であるおごりと傲慢からの回心によってです。「私はやれている」という自負心が砕かれなければ、この決断はできませんでした。

聖霊様による、導きに感謝です。

さて、引き続き行われたカバルス研修会赦しのコースでは、ロマ書7章クリスチャンからロマ書8章クリスチャンへとしてのステージの変容という体験がありました。

赦しは自力ではできないこと、赦しは、神の圧倒的な憐れみ、慈しみ、愛の賜物をいただくことによって、強い赦さないという感情が、恩寵によって溶かされてゆき、小さくなり癒されてゆくという事です。

ですから、「人を、自分を、神を、赦す力を下さい」ではなく、「主の豊かな憐れみを下さい」と祈ることが必要です。

 

 

研修会が終わり、霊的姉妹と今回の体験について、長い分かち合いの時間を持ちました。

その中で、私は、感情に寄り添う霊的同伴が苦手であり、指示的スタイルの霊的指導を今までしてきたことが再確認され、一度霊的同伴者を学ぶという事を決心したものの、最も苦手な分野に取り組めるかという戸惑いが生じました。

つまり、今の段階では自分のスタイルに留まることも可能で、どうするかという岐路に立たされたわけです。

戸惑う私に彼女は「おめでとう」と2度言いました。苦手分野に挑戦することは新しい自分と出会う事であり、望ましいことですが、やはり、恐れも、億劫さもあります。そして、また、自尊心が出てきたわけで、金持ちの青年のよう言うこともできたわけです。

私は10日間の研修を終えて、帰宅して、黙想し、子供の自分が、傷から解放されたいことを告白し、神に自分を明け渡し、涙しました。大泣きをしたことで感情が解放されました。その後、イエスの血潮のプールで古い傷ついた子供の自分と新しい大人の自分の統合がありました。

そして、霊的同伴者として新たに歩むことを再決心しました。

導いてくださった聖霊様、霊的姉妹に感謝します。

皆様方にも、霊的同伴者が与えられますように。人生の識別ができるようになりますように。