神様の葡萄畑NO.46 引き続き、理解したこと―偽預言について

 

1月31日からの出来事の続きです。

 

激痛は何度かありましたが、最後は2月11日の夕方でした。

この時は、それまでに思いつく罪以外に、と言いますか、その罪の一番の根元にあった

恐れと支配の霊に思いが行き、告白した際にあったものです。それ以降は痛みもほとんどなかったことから、一番奥に隠れていて、まるでないかのように存在していた私の根源的罪―恐れによる不信仰―だったことがわかりました。

今日は2月24日で、最初の発生から25日目でようやく、元の体調に戻りましたが、その間、ひどく体力を消耗しました。この間、私を物理的にも、霊的にも助けてくださった方々、本当にありがとうございました。

 

そして、あらたに、預言について示されたことがありますので書いておきます。

 

最近NARへの警告が言われておりますが、 以前より、「預言者」と自称する人はたくさんいました。私も、癒しの会で何度か{預言}なるものを言われましたが、 <当たった?成就した?>ことは一度もありません。それらの預言なる物は特に、その時の「私について」ではなくてもよいもの、いつ、だれにでも、言える一般的なことばかりで、「占い」との違いはありませんでした。その預言者の中にはこの世界では有名な方や、預言学校の校長などがいましたが。

 

今回の苦しみの中で、多くの人々が、嘘の預言に心を開く事が、それ以後の悪霊の入り口になるという事を示されました。

あまりにも、頑なで自分の希望を前面に押し出す罪を繰り返した結果、偽りの預言者に

心を読み取られ、自分が希望していることを預言として与えられると、本当の預言だと思い込み、それ以後はその方向の預言ばかりを追い求めるようになります。最初の間違った預言の為に、悪霊に霊の世界の入り口を明け渡してしまったからです。

 

聖霊はあなたの大切な人生について、あなたの人格を無視して、誰か知らない人の口を通して語ることはなさいません!あなたの知りたい最も大切なターニングポイントや疑問は、直接、あなたに、静かですが、はっきりと話されます!

預言者という人に「お金を払って」聞くのではなく、直接、聖霊様に「ただで」聞いてください。

 

神は沈黙を通しても語られます。神が語られていないのではなく、人間のほうで聴く訓練がなされてないので、聴けないのです。訓練の一番の土台は、悔い改めと告白です。

 

もし悪霊の預言を信じているなら、すぐに、捨て、回心すべきです。

 

捨てられない、回心できないという思いの中にあるのは、恐れ、脅かしと支配の霊に縛られているからです。正体を見破り、悪霊を暗闇から光に引っ張り出し、イエスの名によって、悪霊がいるべきところに追い払ってください。

 

実は、それは、簡単で単純なことです!

信仰によって、決心すれば、神が、引き上げて下さり、1歩を踏み出させて下さり、扉は必ず空いてゆきます。

霊魂を鍛えましょう。それが霊性の神学を生きることです!

 

私も、まだまだ、多くの失敗や過ちをしてゆくことでしょうが、今回の体験を機に、信仰をもって、恐れず、邁進してゆきます。