オアシスからNo5 ハウスチャーチオアシス岡山 (後半)       

1月17日・・・1995年に阪神大震災が起こった日です。

1月16日、津波警報、注意報が奄美大島、鹿児島県、岩手県に出されました。また、本日早朝震度5の地震がありました。

27年前のこの日、12日から16日の“WORLD YOUTH DAY‘95”に参加し、フィリピン・マニラから関空を経て、岡山に23時に帰国。17日、早朝、5時45分震度4の揺れでびっくりして目が覚めたのを思い出します。一緒に参加していたひとつのグループはもう一日、ネグロス島に寄ったため、関空から四国や九州を廻ってやっと、山口、広島、岡山と帰国。関空からのすべての鉄道がストップしたためです。

テレビを見ても何が何だか分からず、ずいぶんと状況が明らかになるのに時間がかかっていました。次々に映し出される大惨事。高速道路が寸断され、家がぺっしゃんこになって、瓦礫の山の街。あちらこちらから、煙が立ち昇り・・・。

 2月1日にアムダの調達したボロトラックにかき集めた物資を積んで、神戸市長田区の庁舎に向かいました。神戸に近づいた山の中で真っ暗になり、5台のうちの1台がどこからか行方不明になり、連絡も取れず、取り敢えず、2台は物資を持って、アムダが救助事務局を設置している長田区庁舎に行くことになりました。入所許可証を見せ、長田区に入ります。一般車両は入出禁止でした。道路には消防のホースが何本も何本も這い、あちらこちらから、蒸気?ガス?水?煙が噴き出し、ぞろぞろ悲しげな顔のひとたちが歩いていました。庁舎の駐車場に公衆電話の緑のボックスが設置され、それぞれの前に電話を待つ長い行列が続いていました。庁舎の外観はなんともないように見えました。しかし、中に入ると壁には亀裂が入り、エレヴェーターはストップ、階段も途中から崩れそうな所もあり、7階までやっとのことでたどり着きました。水道、ガスは止まっています。 

 アムダから何も支持はないので、名簿にチェックして、階下から街へ出ました。目の前の高速道路がニュースで見た通り、真っ二つに折れ、コンクリートの間から鉄骨がのぞいています。木造の家々は2階がぼそっと落ち、一階はぐしゃぐしゃ。その前に呆然とたたずみ、涙も出ない人たち。誰も声を発せず、黙々とあっちへこっちへ歩いている。ある時間になると人の流れが同じ方向になる。ついて行くと炊き出しが始まっていた。温かい味噌汁が配られる、食べ終わったら、また、みんな、ちりじりばらばら。多くのひとが避難している小学校の体育館を覗いた。一面に、いろいろな毛布や布が敷かれていて、それぞれ何人かずつ座って、ごった返している。夜は寒いだろうな。息をのむような光景に私は何も誰にも声をかけることが出来なかった。・・・

 私の弟も西宮に住んでいたのですが、震災後連絡が途絶えました。母が2001年に亡くなりましたが、その時も知らせることが出来ませんでした。何年か経って、知り合いから弟らしい人を見たと連絡を受け、やっと、会えました。元気で行き来しています。

 東北、熊本、西日本、と次々災害が毎年のように起こり、コロナは2年を越しました。世界中が不安に包まれています。こんな時こそ、クリスチャンとしての視点に立ち、神様の方をしっかりと向いて、日々、祈りましょう。神様は何を望まれているのでしょうか。

沖縄復帰50年を今年の5月15日迎えます。

朝日新聞1月9日の朝日新聞に「沖縄の姿 数字は語る」という記事が掲載されていました。

出生率1.86 全国トップ 

人口の推移 1972年~2021年 50万7千人増加 1.53倍  本土1.16倍

収入低水準 製造業育たず  (1972年→2020年)

平均年収 74万円→374万円(沖縄) 115万円→487万円(全国)

主力産業 コロナで苦しく 観光客数のピーク1千万人超

55万9千人(1972年度) 1千万4千人(2018年度) 258万4千人(2020年度)

観光収入は社会情勢に左右されやすい側面が浮き彫りになった。

米軍関係者 5万人駐留  基地負担割合 本土30% 沖縄70%

米兵による事件や米軍機の事故も後を絶たない。オミクロン株感染も問題になっている。

砲弾や爆弾 1906トン残る 

2020年度不発弾処理件数 沖縄 510件 全国 1194件

近年の処理ベースでは、すべての処理にあと100年近くかかる計算だ。

沖縄戦では日米などで20万人以上が亡くなり、まだ多くの遺骨が地中に眠る。

一部抜粋ですが、みなさんはこの記事をどのように捉えますか。

どうぞ、沖縄の健全化のためにもお祈りくださいますように。

****************************************

2021年は多くの出会いを神様から頂きました。まさに神の御手によって動かされた年でありました。本当に感謝です。

神さまの大きな愛と共に多くの方々の優しさに触れ、どんなに励まされ、勇気付けられたことでしょうか。

イエス様の愛をひとりでも多くのかたに知っていただきたい!そういう思いから、祈っていました。高齢であり、大した能力のない、普通のおばあちゃんの願いが思いがけない形で叶えられ、大きな喜びの中で日々暮らせるとは、なんと恵まれていることでしょうか。

中には、「何してんの」と頭ごなしに言われる方もあったり、やんわりと上手に本を返してこられたり、まさかと思う方からの拒否反応は、ひとつの大試練になりました。

ジョイス・マイヤーさんも度々メッセージの中で訴えていますが、親友とも疎遠になったり、今まで付き合ってきた多くの人を失うということに戸惑いを覚えながら、少しずつ、本を送らせていただける方が増えたり、お手紙を差し上げたりすることを続けさせていただける。ほんとうになんと素晴らしいことでしょうか。

「私を忘れないでいてくれてありがとう」というお手紙には、思わずほろりとさせられます。神様はあなたを愛しています。あなたの応答をじっと待っていてくださいます。