神様の葡萄畑NO80 癒しと断薬

何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもって捧げる祈りと願いによってあなた方の願い事を神に知っていただきなさい(ピリピ4:6)

前々回、前回からの引き続きシリーズですが、今回は癒しと服薬・断薬について考えてみたいと思います。

※本来なら服薬、減薬、断薬については、医師の判断なので、自己判断はお控えください。あくまでも、私の個人的な体験です※

単純に考えて癒しを受け取ったのならば、薬からは解放されるはずです。そこで私は信仰の行動として、鬱的症状にはその場で断薬を決めました。というのも、症状は改善され基本的には落ち着いて気分もよい日が数年間続いていたので、服薬しなくても大丈夫!という確信があったからです。そしてそれは本当に、私の場合は大丈夫だったのです。断薬への副反応は全くありませんでした。

こちらについては医師への相談はしていません。医師はクリスチャンではありませんし、癒しの事には理解がないと判断したからです。現状では、うっかり、キリストの癒しや奇跡の事を言うと、妄想ととらえられて、別の服薬が開始されてはいけないと思ったからです。この点、日本のクリスチャン世界の現状として本当に残念です。。癒しを理解し、医学的に判断ができるクリスチャン医師が現れる事を望みます。

もう一つの症状―入眠困難については、自信がなかったので、4月まで服薬(A1錠+B0.5錠+C0.5錠)を続け、医師に相談してまず、A1錠は様子を見て減薬しましょうと言われましたが、―この薬はアメリカでは依存性が強いために使用中止だそうです。そのような薬を知らないで服薬していたことは大変遺憾に思います― 結果、話を聞いてすぐに断薬しました。特に副反応はありませんでした。翌月にはB0.5錠も断薬、あと、入眠を促すC0.5錠が残っています。これがなくなれば、完全回復です。

さて、この間、以前にも書きましたが、一時期、癒しを保つことが困難な状況になり、というのも、非常な落ち込みや否定的考えが出てきて辛くなったので、1~2日服薬して気分が上昇しましたので、やはり断薬は間違っていたのかと、迷いが生じました。しかし、私はその時に、デリック・プリンス氏の「本当の悔い改め」というメッセージを聞いて、本心から悔い改めていないことを知り、「癒しはなかった、脳内ホルモンと自律神経には服薬を必要」という結論をとったことは、神中心ではなく、薬が神になっていたことに気づきました。それで、非常な落ち込みや落胆は、断薬の影響や癒しがなかったのではなく、サタンの「癒されていない」という声を聴いて、疑い、不信仰になったからだとわかりました。また、ジョイス・マイヤー女史の「思考という名の戦場」の疑いと不信仰の章を再読して、サタンによって、二心、迷い、諦め、み言葉への対立、という状態をもたらせられ、それに同意していたことにも光が当てられました。そしてB0.5錠の服薬をやめました。

 私は、癒しの完全化の途中で、挑戦を受けて、今回、退ける事に成功しました。悔い改めてキリストの信仰を働かせて、神に立ち戻りました。信仰の行動を断薬と判断しましたが、悔い改め、癒しの宣言、み言葉を宣言する事、悪霊追い出しの継続、体への命令、聖霊の満たしが信仰の行動の基本と再確認いたしました。

また、古い魂を崩すこととして、例えば、入眠困難に関しては「6時間眠らなければいけない、継続して寝なければならない」などの【律法主義的思い込みを捨てて】、「短時間でも眠れればOK」「目が覚めたら、それは聖霊様が御用があるので起こされたのだ」と言い換える事で、発想を転換し、自由な解放された新しい魂の都市を立てあげることもしました。

また、眠りにつく時に、色々と心配ごとを考えずに「明日の事まで心配しなくてもよいのです、明日は明日のことが心配します。苦労はその日、その日に十分あります(ルカ6:24)」を自分に言い聞かせる事です。(信仰はキリストのみ言葉を聞くことから始まる ローマ10;17)

サタンは私たちが神から離れるようにしつこく迫ってきて、時には誘惑され、不信仰に陥りますが、気づいたらすぐに体勢を立て直し、回心して神のみ前に立ち戻る、キリストの信仰を働かせる事!です。そこをダラダラしていたら私が誘惑にあったように逆戻りになります。ほっておくと最初よりひどくなります(ルカ11:24~26)

神に感謝と賛美、栄光を!!

アブラハムは不信仰になって神の約束を疑うようなことではなく、かえって信仰が強められて、神に栄光を帰し、神は約束したことを実行する力があると確信していました。(ロマ4:20)

少しも疑わずに信じて求めなさい。疑う人は風に吹かれて揺れ動く海の大波のようです。(ヤコブ1:6)

すべての事を不平を言わずに疑わずに行いなさい(ピリピ2;14)